行山流舞川鹿子躍

10/31の「北海道・東北ブロック民俗芸能大会」in福島で見た
行山流舞川鹿子躍(ぎょうざんりゅうまいかわししおどり)

舞川さんは岩手県一関の鹿子躍(ししおどり)です。一関駅の新幹線ホームに行けば鹿子躍のマネキンに会えます。しかしその存在は知っていても、踊りを見たのは初でした。
これまで行山流も金津流も春日流もとりあえずは見たことがあったのでなんとなく大まかなイメージは掴んだと思い込んでいた節がありましたが、ここの近所の大東高校鹿踊や舞川さんをみて、鹿踊のこと私まだ全然知らないんだァァアと気づかされました。
少しは深いとこまで来たかなと思ったらまだ浅瀬だった!みたいな。
行山流には山口派とかもあるしまだまだ勉強中です。(舞川さんは山口派ではないそうです!)


舞川さんの中立と女鹿の衣装、、井桁つなぎではなく輪っか!はじめて見た。それに頭のてっぺんにある華鬘(けまん)結びが赤くない!不思議な感じがします。女鹿さん顔かわいい。三ヶ尻さんとこの女鹿さんもこういう可愛い顔だったなぁ。
あと袴の柄が派手です〜!
舞川さんとわっかの紋の関係は分かりませんが、わっか(=輪違い紋というらしい)の由来を調べてみたら、仏教的意味の他に、輪を二つ以上組み合わせることで『この世はひとりで生きることは難しい。ふたり以上互いに組んで生きてゆくこと』というような意味があるらしく、8人一組の鹿子躍にぴったりだな〜と思いました。そういう理由でつけたわけではないかもしれないですが、そうだったらロマンだな〜^^


↑袴の柄の違いは、中立&女鹿とその他の鹿、という区別ではないんですね。


 ↑バチをクロスする所作が個人的に好きなんです。他の団体でも見かけますが、限られてる気がします??


↑この一人狂いがかっこよくて!!バチをスイー…と前にやる所作(説明下手)が!こういうのは江刺の鹿踊を見慣れていると新鮮でドキっとします。


↑こういうバチの所作が好き。ササラは地に打ち付けるというよりくねらせて地に着かせるみたいな感じ


↑三人狂いがまたかっこいい!ギョー!?この所作は鹿踊ではじめて見ました。躍りっていうか、舞ってるみたいだ…!


↑ササラを横に突き出すような、こういう所作もこことか大東高校鹿踊でしか見たことがないです。面白い〜


↑最後は中立が全体の位置を綺麗に整えます。横一列なのか〜!鹿踊のこの「引き下げ」(ですよね?)が私はとても好きであります。家族的でイイ…


・・・やめようと思ったのにまたダラダラ語ってしまった。
好きだから仕方ないってことで・・。
鹿踊り comments(8) -
Comment
鹿踊マニアさん>
明けましておめでとうございます!
交流会、えっ、開催されなくなる危険性も!?そんな事になったらすごく後悔しそうですね…行くべきですね、はい…!
水戸辺さんは確か、舞川さんの指導で復活したところでしたよね?私はつい舞川さんの踊りを見て大東鹿さんにちょっと似てるなぁ〜とか思ってしまいましたけど、きっと舞川さんの方が古いのではないかな…と…思います。
廃絶した鹿踊、、いわての文化情報大辞典のサイトにあるだけでも多すぎてビックリしたのですが(といっても石関さんも中断中のままなので、もう少し更新し直してほしいですが笑)、そうですか…もう詳しく知る人さえいないという鹿踊もあるんですね…。石碑だけとは…切ないです。ほんと、タイムマシンが欲しいですね!
from. 片栗 | 2011/01/09 12:08 AM |
明けましておめでとうございます。 今年も宜しくお願い致します。 行山流交流会ですが、いつ開催されなくなるかわかりませんので一度は行って見たほうがいいですよ! 前にも言ったかもしれませんが、山口派とは大東大原に山口という所がありまして、山口屋敷? 加藤又助や喜左衛門等を始めとした鹿踊の分家と言えます。 もともとあったものではないと思われ、流れは志津川水戸辺と言われています。 同じ系統でも舞川さんとは少々違うんですよね? 流しの歌は山口派の特徴ともいえますね! 長部さんは辛うじて活動しているようですよ!(私も見たことがないですが) 長部の隣に奥州市前沢区と言うところがあるんですが、大正あたりか昭和初期まで踊られていたようですが、今は影も形もありません・・・ひっそりと鹿踊の石碑があります。 ある時この石碑を見つけて教育委員会に問い合わせたところ、現在詳しく分かる人はいないという事でした。  廃絶した鹿踊は数知れず・・・地道に調査中です。
from. 鹿踊マニア | 2011/01/06 12:12 PM |
鹿馬鹿さん>
おー!お出ましいただきありがとうございます^^ お返事遅れて申し訳ございません!
大東鹿踊(小沼鹿踊)が山口派だと今年知ったほどですから、本来のわげわがんねーとこに追いつくまでまだまだですがこれを機に大東周辺にももう少し目を向けようと思います!やはり自分の目で見てからでないと覚えるものも覚えられないですから!
代変わりは3年くらいでしていたとおっしゃってませんでしたっけ。42代すごい。弟子数知れず、といい、どれほど盛んだったかが伺えますね!丑石さんは花巻祭りで見かけたような…リベンジせねば…。長部鹿踊さんというとこも輪違いなんですか、けっこういますね。ここも山口派なんですか?というか今も活動されてるのでしょうか?近隣の踊り組が同じ紋を使っているのですから交流はあったのでしょうね。
来年からは情報が仕入れづらくなってしまうかもですが(涙)それでもなるべく色々見に岩手遠征したいと思います!知識が不完全なため、おんなじことを何度も聞いてしまう予感もすごくしますが、またあれこれご教授くださいませ。
来年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
from. 片栗 | 2010/12/31 12:21 AM |
片栗さん、舞川についてありがとうございます!躍れなかったのが残念ですが。
なかなか名前を見る割には情報や定期公演がないのが実情でして…舞川とは、っていうのが少々お分かりいただけたかと。
満を持して登場というわけではないですが、あまり詳しいことマニアさんのコメントのように調べれば調べるほどわげわがんなぐなるんですよね。
舞川は保存会になるまでもちろん庭元制で、42代まで続いたといいますが、舞川(旧相川村)だけでなく、東山町や大東町、川崎村や水沢、胆沢まで広範囲過ぎて、一体どういう数え方だったのか、疑問が残りますね。そういうところは山口派的な感じ受けますし、躍りも結構似ていたりして(お隣だから影響しあってるんでしょうから当然ですが)。
輪繋ぎの話、ロマンチックなかなかそういう見方できないから良かった。これもよくわかりませんが、舞川元祖の吉田猪太郎の位牌には輪違がついているので、最初からあったと思われます。輪違い紋はなぜか、山口派の丑石鹿踊さんもつけているんですよね、けまんも中立、女鹿、水色だし。何の関係があるのか、まだ解明できてません。さらに平泉長島の長部鹿踊も輪違に紫けまんとか?すぐ山越えた所ですが実物見たことなく、画像などもいつもちっちゃいので本当か分かりませんが…。

こういうふうに謎だらけ。
来年に持ち越すことがたくさんですね。
また来年鹿踊話で盛り上がっていきましょう!
from. 鹿馬鹿 | 2010/12/29 1:14 PM |
伊達式部=伊達宗倫なのですね(調べてきました) 何にしても??だらけです(;_;)私が調べられる範囲でよく目にするのは伊達綱宗くらいです。。政宗公から紋or和歌を賜ったというのもネットや本で目にしたこともあるのですが、信憑性はあんまりない…んでしょうか?でも鶴羽衣さんのサイトには政宗公ってありますね!
山口派は思えば大東高校鹿さんしかしっかり見たことがないのです。でも沿岸部の団体まであるのですよね?すごい広がりようです!去年の花巻祭りで少しずつは目撃したのですが、いつかしっかり見てみたいです。交流会は見に行ってみたいですが、なんだか色々衝撃を受けそうでビビッてます(笑)。9人で踊る、とは、鹿が9人なんでしょうか?九曜にかけてたりするんですかね?
色々教えていただきありがとうございます!
来年は流しに和歌を背負った鹿踊の後ろ姿を激写するというささやかな目標があります^^。
from. 片栗 | 2010/12/29 12:05 AM |
おはようございます。 伊達兵部ではなく伊達式部の間違いでした(泣) 兵部は伊達騒動の関係ですね・・・。 伊藤判内持遠が行山流の元祖と言われていますが、確たる証拠があるわけではありません。 しかも流儀の元は仙台踊と言われていますしね。 山口派とは大東町大原山口の加藤又助や喜左衛門からの伝承で特徴はササラの天辺に鳥の羽がついてることや中立が庭をチョコチョコと早歩きなど見比べると色々あります。 山口派の巻物には面白いことが・・・九人で踊るという事が書かれています。 確かに道化とか坊主とか出ている団体もありますが詳しいことはわかりません。 江刺では伊手の地ノ神さんが山口派ですね! 地ノ神から住田町高瀬・江刺の増沢・角懸・清衡が伝承されています。 この山口派の流儀の元は仙台城下御宮町とか八幡町とかと言われており、仙台城下の踊りを上の芸と呼んでおります。 この山口派の弟子はかなりの数がいて把握しきれません。 いつの頃か忘れましたが、行山中立51人の1人とかって文献があり、中立の弟子入りをしたり 弟子数知れずとかってありますから、爆発的に増えた様子が伺えます。 舞川の伝承を見ても、今の管内広範囲に伝承されていることがわかりますよ!    獅子頭なんですが上顎と下顎ってわかれて作られていることが多く、大半は紐のみで外れないようになっています。 
from. 鹿踊マニア | 2010/12/28 9:04 AM |
鹿踊マニアさん>
コメントありがとうございます。舞川の事は、鹿馬鹿さんですね^^!今までも色々教えていただいてはいるのですが、まだまだ伊藤流とか伊藤判内さんのこと、山口派のあたりで頭がごっちゃになっている始末です、トホホ〜。伊達兵部というのは初めて聞きました。メモって整理しなければ!奥野流さん、北上祭りには結構出演してらっしゃる…?夜だけ…?なのでまだ見たことがありません。。餅田さんの案山子踊りで笠をくわえるというのは、見たことがあります。…多分テレビで…(記憶がごちゃごちゃ)。アゴが動く鹿頭なのでしょうか。アゴが動くのは○○流(派?)と…鹿馬鹿さんから聞いたのですがもうすでにあやふやに…(涙)。至らぬ脳みそですみません(涙)。口内さんは2度の復活を経験してらっしゃるんですか〜!土佐をやられたということは7代中立さんは芸の立つお方だったのでしょうね!掲示板に書かれてる伝承云々の謎も気になります。…その前に私はもっと基本の情報を頭に入れることからですが(笑)来年も少しずつ鹿踊を知れるといいなと思います。また色々教えてくださいね!
from. 片栗 | 2010/12/27 11:26 PM |
舞川さんと言えばやはり鹿馬鹿さんに聞くのが一番ですね! 輪繋ぎは伊達兵部関係でしたか? 詳しくはわかりませんが・・・舞川系として水沢羽田の伊藤流さんがありここも輪繋ぎだったはずです。 水沢の伊藤流さんとは伊藤判内持遠からの伝承という事で伊藤流らしいですが、舞川と同じで近年舞川から演目を習いに通ったみたいです。 餅田さんの案山子は8人でないのが残念ですね・・・今は頭を改良して案山子の笠を獅子頭の口でくわえるみたいです。 水沢の奥野流さんも口にくわえるらしいですが、どちらもまだ見ていません。 口内さんは凄くいい踊りですね! この年代ですから多分二回目の復活した8代目あたりですかね? 行山流のもつ真・行・草の型をしっかり受け継いだと言われています。 7代も有名だったようです(中立が土佐を踏んでいます)。 もちろん今も素晴らしいです。 私は今の口内の中立さんの歌が好きです。
from. 鹿踊マニア | 2010/12/27 1:22 PM |








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